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STORY

『蛇』より抜粋: 偶像

 偶像がやってきて、居すわりついた。実際には、それが自分からやってきたのか、それとも誰かが持ってきたのか、わからない。誰にもわからなかった。とにかく偶像はその日からそこにあった。いまとなっては忘れてしまったが、そこは街の中心地だったらしい。それとも、あとからそこに街の中心が移ったのかもしれない。そのことを記憶している者は誰もいない。確かなのは、偶像が街の中心に居すわりついたということだった。困ったことには、誰もこれがなんなのか、なにをするためのものであるのか、わからない。いまでこそ偶像、という名前を与えられてはいるが、そもそもの始めはそのような名前もなかった。なにしろ、それがなんであるのかさえわからなかったのだから。そこでとりあえず、なにか名前をつけることにした。名前がないままでも構わなかったのだが、なにかと不便だった。頭のなかに思い描くにしても、誰かに話すにしても、名前がないものはぼんやりとしか思い出せなかった。みんなで意見を出しあい、歌姫、とか、ッヲ、とか、それこそ数限りない名前のなかから選ばれたのが、この偶像という名前だった。もちろん、この名前そのものに意味はない。なぜなら、名前が先にあるわけではない。ものがあって、名前がある。そのようなわけで、偶像、というのが、隣人の名前のように通用した。こんにちは、偶像、などと、みんなよく言いあったものだ。名前の問題は片づいた。記憶しておくことも思い出すこともできた。そこで今度は、それではいったいこれはなんなのか、ということが問題になった。偶像はいい。それは偶像だ、確かに偶像に違いない、みんなで名前をつけた。それで? だからなんなのだ? と、誰か賢い者が言い始める、だからなんなのだ? と。こうして、偶像とはなんのことなのか、またみんなで考えることになった。いろいろと意見の出るなか、それではこれは日影をつくるものだということにしよう、という向きが強まった。つまり樹木のようなものだと。なるほど、ということで、それからみんな日影に入りたいときにはわざわざ偶像のところまでやってきて涼んでいたが、一日中そこで休んでいる者など、いちいち太陽の動きにあわせて位置を変えなくてはならない。これはめんどうだ、ということになり、偶像の任を解いて新たな名目を与えよう、ということになった。またいろいろな意見が出たが、次はこの偶像を一般に開放した手洗いにしてはどうか、ということになった。そこでみんな暇があればここへきて用を足していったが、やがて悪臭に耐えきれなくなり、やめよう、ということになった。汚れたのだから、とりあえずは洗うべき対象として認定しよう、ということに満場一致でまとまり、いまもみんなして洗っている。この洗浄が終わったら次はどうするのか、まだ誰にもわかってはいないが、この偶像、いつか誰かがやってきて破壊するためにあるのではないか、という受動的な考えが主流になってきている。

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